ラグビー

2017年1月 9日 (月)

若干頭の悪いラグビー

今日のラグビー大学選手権決勝。
帝京と東海、地力に大きな差があるとは思えなかったのです。帝京の最後のトライは「幻」のような気がしないでもないし。
差があるとすれば、ゲームメイカー/ゲームコントローラーと、これとも関係しますが、特にBKのプレーオプションですかね。
東海のBKから、もう少し決定力を引き出すようなオプションを繰り出せるゲームメイカーがいれば得点力は上がるでしょう(80分間のトライ数は増える筈)。
そして多分、BKの力を引き出せるのであれば、残り時間が少ない局面で、いくらインゴール近くでもスクラムを選択するようなことはないでしょうし。
勿体無いなぁ。でも、そんだけ伸び代があるってことで。

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2016年12月 4日 (日)

頭の悪いラグビー

久しぶりに、大学ラグビーを生中継で観ました。明治vs早稲田。

印象はタイトルのとおり。双方、頭の悪さが随所に見られましたが、どちらがヨリ頭が悪かったかと言えば、負けた方です。苦し紛れに、あっさりボールを蹴る場面の多かったこと。

ゲームを切ったら負け、の場面で、ペナルティを得たのにFWにボールを持たせてクイックリスタート、挙句にモールのパイルアップ→ターンオーバーと同時にタイムアップ。
プレースキックがあまり入っていなかったとは言っても、それはないだろう。1987年のロクでもない伝説「雪の早明戦」とやらと同じ構造でした。ちゃんちゃん。

日々の生活でも、ハーフウェイあたりのマイボールスクラムをゴリゴリ押すような馬鹿がウロついているのは迷惑千万。ワンプッシュして、とっととボールを出せと言いたい。

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2015年10月14日 (水)

20年祟る。

ラグビーのワールドカップ、Japanの戦いはとりあえず終わりました。ラグビー好きとしては、久々に北半球のユニオンがちょっと頑張っている(事もあろうに開催国イングランドはベスト8に残らなかったけど)状況で何が起こるか、ちょっとわくわくhappy02

あの対南アフリカ戦。NTV系の解説を務めた吉田義人が、最後のワンプレイで彼らがスクラムを選択した時に叫びました。
「これでいいんです!失うものは何も無いんですから!」

そう。失うものは無かった。

あれから20年が経っていました。

1995年の第3回。南アフリカはブルームフォンテイン。日本代表はオールブラックスに145対17という、空前(で多分絶後)のスコアで負けましたcoldsweats02
第2回が終わって、代表監督が交替した直後から、Japanが危ないという声が識者から挙がっていたとは云え、斯かる惨劇が繰り広げられるとは思ってもみませんでしたcrying私は夜中のBSで視ていましたが、とんでもない無力感に襲われたことを今でも鮮明に覚えています。

日本はこのまま、ラグビーの国際舞台から消えてしまうのではないか。そう思ったのは、私だけではありますまい。例えば、24年前に日本がぶっ叩いたジンバブエは、そうなってしまったのですから。

ここから這い上がるには何十年かかるんだろう。何しろ、その後も、気合いの入った監督の下で好ゲームを演じても50点取られるようなラグビーをやって("Brave Blossoms"と呼ばれ始めたのは2003年)、ちょっと間の抜けたカントクが就任すると、ウェールズに98対0で負けたり(これは2004年でしたか)。本当に半世紀かかるなthink
そんな風に思っていたところに、今回の好結果。

帰国後のインタビューで「キンちゃん」大野均が言いました。
「日本のラグビーにとって一番大きな出来事は、NZに145点取られたこと。今回の勝利は、それをかき消すものになったかも知れない。」

ああ、プレイヤー諸氏にとっては、2decadeを越えてのトラウマだったのだと、粛然としたものです。

汚名返上達成。でも、やっと、47年前(オールブラックス・ジュニア=NZのU23代表にアウェイで勝利)の水準に片手が届いたところですから、まだまだ宿題は多いです。エディ=ジョーンズも、FW第3列の強化その他の課題を挙げていましたが、何より重要なのは、チーム・コンセプト(=強化方針←戦術←戦法)の継続でしょうか。
優れた指導者が強化を図って一定の結果を出しても、間抜けな後任者がぶち壊しにするというパターンを繰り返してきたのが、ラグビー日本代表でした。

断じて、総括無し、或いは総括=否定になってはならない。
過去半世紀の代表、特に1970年代前半と比べると、"Japan Way"は強化のごくごく取っ掛かりのように思えます。つまり、その多くが普遍化出来るものであるということです。
低いタックルでまずは止めて、2人目がボールハント。これはドリフト・ディフェンスが普及してきた頃から、体格的に劣位にあるチームが採るべき戦術として、ずっと云われてきたことです。
攻守共に延々と連続出来る持久力。これも、攻撃側(ボール保持側)優位のレフェリングが普及した1990年代からずっと云われてきたことです。

いやいや。

あの対南アフリカ戦の日。日本は既に日付が変わっていましたが、あの方の命日でした。没後20年。

「展開・接近・連続(・突破)」。

誰とは明記しませんが、この戦法と技術を「伝統工芸」と揶揄した人もいましたねdespair

今回の日本代表は、展開はあまり無し、接近がそこそこ、連続は相当に実践して、ここにボール奪取を加えたというところでしょうか。(本当は、1971年辺りのJapanは、とんでもなく速い/早いディフェンスラインの押し上げと、一撃必殺のタックルで、密集になる前に相手ボールを奪っていたのですけどね。当時の映像をもっと視たいものですが…)
まだ、伝統工芸は、その一端が復活しただけです。

課題は多い。でも、それは伸び代がまだあるということで。

今回のスコッドの多くが言っていたとおり、これは到達点ではなく、一つのステップ或いはスタートラインです。
どうか、桜のジャージーに栄光あらんことを。

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2015年3月 6日 (金)

聖地の歓喜

先週の土曜日、2月28日。

Img_0093
今日も今日とて、やってきましたラグビーの聖地、秩父宮ラグビー場。今季二度目の秩父宮詣で。

Img_0095天気もいいし。

え?何しに来たかって?今日は、ラグビー日本選手権の決勝です。ヤマハ発動機ジュビロ(ラグビーもジュビロheart01)vsサントリー-サンゴリアスの一戦。
何せ、ヤマ発はトップリーグのプレーオフ決勝で負けてますから。その時の相手、パナソニックへ借りを返す機会にならなかったのは少し残念だけど、相手にとって不足は一切なし。どころか、いやー、どうでしょう…という方々もいて。何しろ、一昨季まで日本選手権三連覇してるチームですからね。
私は、ロースコア勝負なら準決勝の東芝戦と同様、ヤマ発にも勝機ありと思ってました。

Img_0251さあ、キックオフ直前!

Img_0255勝利の一因となったスクラムでの奮闘。

Img_0253一歩も退かぬラインアウト。

リザルトやスタッツは一切省略しますが、私が夢想したとおり、ロースコア勝負になって、ヤマ発の勝利!!!
アタッキングラグビーを標榜するサントリーをノートライ封殺。これ、価値あります。

Img_0100歓喜の時間。

そっかー、ヤマ発はトップリーグ発足前の関西社会人Aリーグの優勝はあるけど、全国タイトルは初めてですね…

勝因その一。セットプレーの安定。三大セットプレー(キックオフ・スクラム・ラインアウト)のうち、ラインアウトがスクラム並みになった現在、相対的にスクラムの安定は至上命題ですが、それをやり切ったのがヤマ発という訳です。

勝因その二。しつこいディフェンス。昨季二冠のパナソニックと同様、10フェイズを超えても連続して守ることが出来た事は、スクラムの安定以上に勝利への近道でした。

さて、苦言も呈しておきたいなぁ…
正直なところ、HB団がもう少し賢ければ、もう少し楽に勝てるような気がしないでもありません。象徴的なのがキックの使い方。一部の新聞では、前進出来ない時にパントが有効だった云々と書かれていましたが、ちょっと納得出来ません。
有り体に云えば、勝負どころで苦し紛れのキックが目立ちました。例えば、後半10分頃、相手陣22mラインを目の前にして、フェイズを重ねてもなかなか前進出来ない状態で、SOがパントを上げました。相手陣22mラインの向こうに飛ぶパントですから、相手が捕獲すればフェアキャッチ。当然、SOより後ろのバックス陣は、フェアキャッチを阻止しようとする訳で、FB五郎丸が無理に競り懸けて、相手プレイヤーが着地する前に、しかもガツーンと当たりに行ったものだから、五郎丸はシンビン(10分間ブタ箱行き)を喰らってしまいました。
現代ラグビーでは、キックは相手にボール保持権を渡してしまうプレーであり、特にハイパントは、余程に戦略的なもの(ex.松尾雄治)でない限り、その使用には禁欲的であるべきでしょう。

ま、でも、勝ちゃいいんです。

Img_0103レフェリーの麻生彰久さん。お疲れ様でした。

この日の決算。
チケット代:\4,500
交通費:\5,784
東京での往復とも、ケチって高速バスを使って安上がり(私もお疲れ様)。秩父宮ラグビー場へ行くのに、東京へ高速バスで出る場合、発着地は渋谷近辺又は東京駅八重洲南口がよいです。いずれも、地下鉄銀座線に乗って乗換無しで行けることに、やっと気付いた私(東京駅八重洲南口からは、丸ノ内線東京駅よりも銀座線京橋駅の方が圧倒的に近いです)。

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2014年3月 1日 (土)

電機対決へ。

今日は、ラグビー日本選手権の準決勝だったんですね。というか、知ってはいたのですが完全に忘却していて、もし疲労感が少なくて休日出勤していたら、視ることはなかったでしょう。(^_^;)

2試合とも凄かったですね。

まず、パナソニックvs神戸製鋼。かつての因縁の対決も、今やそんなことは知らないであろうプレイヤーたちによって戦われていると思うと、感慨深いものがありますねぇ。
とにかく、パナのディフェンスが素晴らしい!個々のタックルはもちろん、組織ディフェンスとしての完成度も非常に高いです。
ポイントは「見極め」。ラックになっても、相手にすんなりボールが出そうだと見極めたら、ラックに入る人数は極力抑えて、ラインの人数を多くする。したがって、神鋼がボールを回しても、全然ゲインラインを突破できないんです。個々のタックルにしても、コースを押さえるのか、とにかく出足を止めるのか、きっちり倒しきるのか、という判断が上手く出来ているように思えました。そりゃ、きっちり倒して、あわよくばボール奪取というタックルが出来るに越したことはありませんが、全部それやっとる訳にはいかないので、味方や相手のサポート状況を見ながら、プレー選択していたように思います。
宿沢広朗さんがTVで解説するときに口癖のように言っていたのが、
「攻撃側は連続して攻めてくるのだから、連続して守れなければならない」
ということでした。20世紀末以降、ルール改正は連続して攻めることが出来る方向で常に続いていますので、連続して守れるチームでなければ勝利はないということで。
さすがはトップリーグの覇者。神鋼のアタックをほぼ沈黙させて、勢いがついたのではないでしょうか。

次。東芝vsサントリー。いやー、これは接戦。東芝、サントリーに勝ったの久しぶりでしょう。それに、決勝に進むのも。ノーサイドの瞬間の、東芝側の歓びようは尋常ならざるものがありましたよ。
何しろ1点差の勝負でしたから、何が決定的に違っていたということもないですが、後半の東芝の追撃は迫力ありました。タイムアップ間際、不運なラフプレイ(サントリーのプレイヤーが、ボールのないところでしつこく東芝のプレイヤーにだっこちゃん攻撃を仕掛け、東芝のプレイヤーがそれを振りほどこうとしてブンと振り回した腕が相手の顔面に当たったのが報復ラフプレイと判定された)でペナルティを取られたときは、もー駄目かと思いましたが。
こちらは、連続して攻めることが出来た側の勝利でしょうか。主将マイケル=リーチ、いやリーチ マイケルか、の率先垂範ぶりが光ってました。

もしかして二つの勝負、本業好調な2チームの勝ち?だったりして。
まあ、何にしても楽しみな決勝カードです。

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2013年6月15日 (土)

最初の一歩。

今日は、何もかもかなぐり捨てて、秩父宮ラグビー場へ行くべきでした。

ジャパンがウェールズに勝つ日が来るとは思っていませんでした。23-8。堂々の完勝と云っていいでしょう。

勝利の条件。
蒸し暑い日。相手が主力不在(ライオンズ遠征でとられていた)。骨惜しみのない走量(特にFW第3列)。秩父宮。全てが揃っていました。1989年のスコットランド戦と同じです。

それにしても。
1995年の「145」事件(あれは「ゲーム」ではなかった)から18年も経っています。あの時は、20年祟ると思いましたが、やはり20年近く祟りました。

こんなビッグゲームなのに、地上波で生中継しないなんて(私はBS日テレで視ました)…

瑣末だけど気になったこと。ウェールズ「代表」だったんでしょうか?ライオンズ遠征で主力をとられているんだから、きっと"A Wales XV"だったと思うのですが。1971年のイングランドも、1989年のスコットランドも、「代表」ではなかった。それから、実況のアナウンサーがウェールズのことを「ヨーロッパ・チャンピオン」と繰り返していたので、いつの間にラグビーのヨーロッパ選手権が創設されたのだろう、と思ったら、6カ国対抗(Six Nations)のことでした。
それから、ジャパンのジャージーは「桜のジャージー」ではありますが、桜色のジャージーではありません。

これがNHKで、今は亡き石川洋アナウンサーの実況ならなぁ、と思ってしまいました。

まあ、日本ラグビーにとって貴重な、価値ある勝利には違いありませんが、広瀬主将も田中史朗選手も言っていたように、2019年に向けて、これがスタートなのです。

という意味では、今のメンバーを見ると6年後というのは微妙な時期のような気がします。もう少し、20代前半までの選手に目立って欲しいのです。6年後に30歳前の絶頂期を迎える選手たちに頑張って欲しいのです。

出でよ、新星。

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2009年7月 1日 (水)

デヴィッド=ダッカムを知っていますか?

ベッカムの間違いではありません。

1970年代前半、20世紀に入ってから常に南半球優位だったラグビーが、束の間の北半球(というか英4国、もっと極論すればウェールズ)優位になった時代でした。

イングランドに出現した(当時としては)超大型エースウィング。身長は公称185cmだったそうですから、現代のラグビー界でも決して見劣りすることはないでしょう。ただ、当時は現在一般的なマッチョ体型のプレイヤーはいませんでしたが。

プレイヤーとしての経歴や人となりは知りません。ただ、伝説となっている1973年1月のバーバリアンズvsオールブラックスのビデオで見たことがあるだけです。

このゲームでは、自陣ゴール前のフィル=ベネットのワンステップから始まり、延々とボールを繋いでガレス=エドワーズがキメたトライと、"J.P.R."ウィリアムズの独走トライが、よく知られていて、ダッカムの活躍に触れた論評等は、私の拙い情報網では見たことがありません。

実際、このゲームでダッカムのトライは無かったのですが、密集サイドに走り込んでボールを受けると、相手プレイヤーを抜いていく、というより、二人三人とタックラーが襲い掛かろうとするのですが、一発でタックラーをみんなピッチに転がしてしまう、稲妻のようなステップワークが強烈な印象をもって脳裏に叩き込まれています。

大西ジャパンが食らい付いた、1971年のイングランドXVには、ブリティッシュライオンズの遠征に参加していたため残念ながら来日メンバーに名を連ねていませんけど、藤原優さんは、ダッカムのプレイが大好きだったと聞いたことがあります。

ラグビーフットボールをプレイすることが、(日本の企業アマ以外は)何の腹の足しにもならなかった牧歌の時代の伝説です。

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