日記・コラム・つぶやき

2017年7月31日 (月)

吾輩との再会

先日、ツレに連れられて奈良県は天川村へ。
いつもお世話になっている民宿の猫2号と、5か月ぶりに再会。
何故「2号」かと言うと、既に1号「ちーちゃん」が君臨しているからなのですが、2号は我関せずで、今や番犬ならぬ番ネコを自認する勢い。






尤も、不審者に飛びかかりそうな雰囲気は無さそうで。

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2017年7月30日 (日)

I am ...

The Prime minister of Japan, Shinzo Abe.

My motto is "Don't Look Back".

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奈良県の馬見丘陵公園へ行ったら、ヒマワリに総スカンを喰らいましてん。
ちょっといたずらしてみましたhappy02

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2017年5月26日 (金)

おなかいっぱい。

今宵は「め・まんま」でワイン会。と言っても、私は呑みません(呑めません)。もはら、運転手で、美味しいものを食べること(だけ)が目的。


ね、美味しそうでしょう。


左の鶏は、和の煮込みです。牛蒡の味が染み込んで。



レアに焼いた鯛には、グレープフルーツをベースにオリーブオイルたっぷりのソース。変わってますね。トマトの中には、もち麦と玄米のリゾット。元々濃い味のトマトが、加熱することで益々濃い味に。



ビーフのソースは、醤油と味醂にバルサミコ。

あ〜、美味しかったsmile

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2017年5月21日 (日)

相対

元々肩こりがひどい私、2年程前から更にひどくなった上に、頸から肩甲骨周りが痛み始めて、最近は二の腕まで痛むことがあり、整形外科へ行ってきました。
X線写真とMRI造影で、付いた診断名は「頸椎症性神経根炎」。カルテ用のゴム印があったので、一般的なものなのでしょう。まだ、神経症状、すなわち痺れや運動障害は発生していないので、まあよしと。ヘルニエーションもなかったし。
治療は頸の牽引とマッサージor低周波。処方された薬は「リリカ」。ちょっと変な薬です。

さて、私の職場には口癖のように「常識だねぇ」「当然だねぇ」と言う人がいます。私もサラリーマンですし、「郷に入っては郷に従え」という言葉もあるので、周りの「常識」に合わせる努力してはいます。ということは、つまり、私にとって「常識」「当然」と思えない事がある訳で。

私自身は一種の相対主義者で、「常識」「当然」は、「いわゆる常識と呼ばれているもの」「いわゆる当然と思われているもの」でしかないと思っているのですが、どうも、そう思っていない人もいるのですね。
私には、思い上がりとしか思えない。少なくとも、自分のコミュニティの「当然」「常識」を以て、別のコミュニティと向き合うのは禁じ手だと思います。

「郷に入っては郷に従え」という言葉があれば、「十人十色」という言葉もあるのです。
気をつけたいものです。

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2017年5月20日 (土)

ピースは揃った。

一強体制≒翼賛政治。
一億総活躍社会≒国家総動員体制。
テロ等準備罪≒治安維持法。
安保法制=攻守同盟。
「改正」後の教育基本法≒教育勅語。

実質的に準備完了。
気付く人は気付いてた。

例えば、小林多喜二や山本宣治。

明日は、どっちだ、ではなく、明日はこっちだ。

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2017年2月22日 (水)

ネコ。

今日は「ネコの日」だそうです。何故「ネコの日」なのかは、よく知りません。
先月、奈良県は天川村へ行ったときに出会ったネコ。エラくデブで大喰らいのネコ。玄関先で座り込み。

かと思えば、落ち葉の吹き溜まりにもぐりこんで、お昼寝。

結構暖かいようです。

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2017年2月21日 (火)

大きなお世話

「プレミアムフライデー」とやらで浮かれる世間のごくごく一部。
んなこたぁいいから、有給休暇をさらっと取れる職場ひいては世の中にしてくれい。週末に旅行へ出かけたければ、金曜午後は自分で有給休暇取りますから。
物価上がって給料増えずに仕事も減らず。半強制的に早退させてくれるなら、無駄遣いせず、疲労回復、早く帰宅して早寝しますから。

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2016年12月25日 (日)

ステレオタイプ

たまたま、かつての大河ドラマ『春日局』を視ているのですが、登場人物のステレオタイプぶりには、今更ながら驚き呆れるばかりです。
日常生活の中ですら、人様を見、評するに、ステレオタイプは禁物であろうに、況や、表現者に於いてをや。
恐らく、視る側も楽チンなんでしょうな。考えなくていいですから。でも、特に表現者にとっては堕落と言っても過言ではないでしょう。

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2016年8月29日 (月)

却ってタチが悪い。

「殺すつもりはなかった」。
もし、本当に、殺すつもりがなかったのなら(多分、そうなのでしょう)、5人がかりで長時間にわたり袋叩きにして、死ぬかも知れないとは思わなかったという事ですから、恐るべき想像力の貧困であり、むしろ、殺意があった、と言うよりも、事態は深刻だと思います。
教育は学校だけのものではないし、子どもを育てるのは親だけではない。
罪は罪としても、少年に全ての責めを負わせて厳罰に処し、晒し者にする資格が、果たして、この社会に生きる全ての成人にあるのかどうか。

もう少し云えば、想像力の貧困は、加害者だけに向けられる非難或いは批判ではない。沈黙する傍観者、加害者を叩くことに血道を上げる野次馬に対しても、この批判・非難は向けられなければならない。
自分が、いつか、何処かで、加害者になっていたかも知れない、なるかも知れない。
犯罪者とか加害者と呼ばれる人達は、突然変異で飛び出してきた異物ではなかろう。俄かに上陸してきたロビンソン=クルーソーではなかろう。純粋培養されたヴィルスではなかろう。
自分が棲む世界から生まれてきた存在を、自分と何らの関係もないと考えるのは、思い上がり以外の何物でもなかろう。

人間は、後代に対しては責任を負うことができるが、過去(の人々)に対しては、必ずしも責任を負うことができるとは限らない。

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2016年8月 8日 (月)

あの方のこと

今日の、あの方のビデオ・メッセージ。
主語は「私」、立場は「個人として」でありながら、これほど「無私」という言葉が相応しいメッセージは無いだろうな、と思います。

引退したい、とか、公務が大変だ、とかでは全く無い。
この地位にある者は、全身全霊をかけて常に国民に寄り添うべきだ。しかし、誰しも老い、衰え、それが出来なくなる日がやってくる。

今までのbehaviorからも十分に分かることではありますが、あの方にとって、公務とは、憲法上の国事行為だけでなく、国中を巡り、国民に直接触れ、国民に常に寄り添うことが、国民統合の象徴としての極めて重要な仕事であり、国事行為と両輪とも言い得るのでしょう。

私は、「象徴」って、そこに居るだけでよいのだと思っていましたが、あの方はそのようには考えていないのですね。

摂政の規定は、国事行為の代行は想定していますが、あの方が考える、というより模索し続け、実行してきた「国民統合の象徴」としての役割と行動は、代行が相応しいのかどうか。そんな意図を感じます。

ということは、高齢だから公務の負担を軽減しようなどという話は、全く的外れですね。あの方は、公務の負担をどんと減らすなど以ての外の沙汰という気持ちなのでしょう。
公務を減らすとなれば、国事行為は減らせないでしょうから、「国民統合の象徴」としての仕事を減らすことになる。でも、そうなると、どうしても分け隔てが生じて公平でなくなるから、それは避けたい。そんな趣旨の発言も過去にありました。

自分の身は一切案じていないのです。
これほど「無私」という言葉が相応しい人も、この国には本当に少ないでしょうよ。

今日の「お気持ち」、違憲云々という人もいるようですが、恐らく、あの方が考える最善の(合法かつ正統な)手段をとったと思うのです。
この地位は国民の総意に基づくのですから、自らの身の処し方も、国民に問いかける形をとったのではないかと思います。

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