Toad(続・運動誘発性喘息)
私が高校で運動部に入ったのは、理由がありました。
小学校から高校まで一緒だった、嫌な奴がいました。彼奴曰く、
「狂四郎ちゃん貧乏、狂四郎ちゃんひ弱」
と私に向かって連呼するのです。貧乏なのは事実で、しかも私の責任ではないので仕方ないことですが、ひ弱と罵倒されては黙っていられませんでした(ひ弱なのも事実でしたが)。
かくして私は、高校入学と同時に、かなりハードな運動部に入って、2年生になると学業は悲惨な状況に陥りました。そんな状況でも部活から足を洗わなかったのは、顧問教師に殴打されるのが怖かったからか、「ひ弱」と罵倒した奴に負けたくなかったからか…
一部の特別な者を除いて、3年生の6月で部活は引退です。
私の場合、国公立大学のみ&浪人不可という条件で受験に臨まなければならなかったので、どこの大学でも必須の科目である英語を、「お荷物」から「得点源」に転化することに注力しました。短期決戦でしたが、夏休みの殆どを英語に費やしたことを記憶しています。
もう一つ、早目に選んだ戦略は「数学を捨てる」。旧制帝国大学はごく一部を除いて、文学部だろうが法学部だろうが、2次試験に数学があります。しかし、英語だけで手一杯のところで、2次に数学がある大学を狙ったら、浪人生活を余儀無くされたに違いありません。
そこで、数学は共通一次(現・センター試験)のみにして、2次試験に数学が無い大学を選ぶことにしました。選択肢は狭まりますが、背に腹は代えられません。
3年生の進学コースは国公立文系の場合、A(2次に数学あり)・B(2次に数学なし)を選択できました。もちろん、私はBコース、全部で50人くらいいたと思いますが、数学が嫌いで堪らない連中が揃っていたからか、定期試験ではいつも1番か2番で番付入りしてました。
そして、最後の定期試験と実力テスト(Achievement Test)では、英語で念願の番付入りをしました。それも、私を「ひ弱」と罵倒した彼奴を抑えてです。
番付表を見ながらの彼奴との会話。
私「どこ狙ってんの?」
彼「東京外語」
私「何語を専攻したいの?」
彼「スペイン語」
私「ふーん、スペイン語は貿易語だもんな」
彼「そうなんだよ!貿易語なんだよ!」
彼奴の言葉の端々から、進学先で親御さんと対立してるな、と察せられました。良家のお坊ちゃまは大変ですこと。ほほ。
田舎にはまだ、高校生向けの塾・予備校など無い、牧歌の時代のことでした。
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