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2010年1月

2010年1月28日 (木)

時間はお金で買えます。

この設問。時間とお金、どっちが大事かというのは難しい選択ですが、「今の私」ならお金を選択します。

「時間は誰にも平等に24時間しかない」「お金で時間は買えない」。これが多分社会通念でしょうし、私自身もそう思っていましたが、ここ数年で考えが変わり、お金で時間は買えると思うようになりました。
例えば、出張の際に鈍行列車ではなく、お金を出して特急列車に乗れば、時間に余裕ができますし、指定席でしたら確実に座れて、出張用件の予習等をすることが出来ます。

交通機関だけではありません。先日、自分でエアコンのフィルター掃除をしたのですが、丸々1日半を費やしてしまいました。
これを専門の業者に依頼すれば、その1日半は別の、もっと生産的な活動に使えたでしょう。

学生時代は、もっと時間があればバイトで稼げるのになぁ…などと考えていましたが、会社員になってしまうと、バイトをするなどと考えることはないですし、バイトをして会社にバレたらクビです。

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理想のダイアリーを求めて。

2010年のダイアリーも「能率手帳ゴールド」でいくと宣言いたしましたが、これに落ち着くまでは手帳巡礼状態でした。

▽前史

 入社して何年かは、社員手帳を使っていました(無償で配布されるわけではありません。買うのです)。フォーマットは能率手帳等と同様、見開き左側に7日間の予定、右側に罫入りメモページです。この手帳の良いところは巻末付録が社員向けに充実していて、支店・営業所や監督官公庁の電話番号などが掲載されているのが便利でした。
 入社して5年目くらいから、Post-it Note #655を補助ツールとして使うことを覚えました。

▽転機

 入社して11年目にして初めて、支店の総務課に配属されました。細切れのタスクがザワザワと押し寄せてくる仕事であることと、父親から「後任者への引継準備は、赴任初日から始まる」と言われて、To-Do+業務日誌のようなものを書き付けておこうと思い、それなら、1日1ページのダイアリーが良いに違いない!と思い、文房具屋巡りを始めました。
 輸入文具が充実しているお店でQuoVadisの"ABP1" を発見しました。へぇーっ、こういう物があるのか。ちょっと高価かったけど買いました。
 帰宅して中身の研究を始めたのですが、まず日本語の表記が全く無いのでとっつきが悪く(これは今も同じ)、何故かカバー付きではなくリフィルだけが売られていたので、壁掛けカレンダーを切ってカバーを作ったりもしました。
 使い始めて一番よろしくなかったのは、デカくて厚いことでした。通勤時の負担になりましたし、机上でも邪魔でした。

▽システム手帳の誘惑

 そうだ、1年分丸々持ち運ぶのでは大変だ。システム手帳なら、デイリーは2か月分くらいだけ入れておいて、それより先のイベント管理はマンスリーでやればいい。というわけで、これまた初めてバイブルサイズのシステム手帳に手を出しました。
 こちらも、最初のうちはカッコいいので気分も良かったのですが、これまた大きいのが鬱陶しくなってきました。しまった、バイブルサイズでも大き過ぎるんだ。といって、ミニサイズでは記入可能面積が小さ過ぎるという宿命を負っています。
 結局、手帳はポケットに入らなければならないことを、かなりの授業料を払って覚えたのでした。

▽そして今

 社員手帳は数年前から、無地又は罫のみのページが無くなって若干不便なので、能率手帳(大)を使い始めました。仕事の上でも転勤して、時間的な縛りがゆるくなったことも、回帰の一因でした。
 ちょうど、その頃モレスキンが田舎でも流通するようになって、一瞬、ラージサイズの1日1ページのデイリーに心魅かれるものがありましたけど、購入には至りませんでした。

 目下、見開き1週間のもので、左に7段・右にメモの能率手帳タイプが良いのか、時間軸が縦7列のQuoVadis「ビジネス」タイプが良いのか研究中です。
 今のところ時間的縛りがゆるいので、能率手帳を使っていますが、イベントが次々に入るような職場へ行ったら、QuoVadisかなぁ…と考えています。

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2010年1月27日 (水)

オーネット=コールマンが好き!「ジャズ千夜一夜」拡大版

オーネット=コールマンというアルト・サックス吹きのジャズ・ミュージシャンがいます。
一般的には「フリー・ジャズの開祖」「アヴァンギャルド(前衛)の先駆者」といった名札がぶら下がっています。要するに、西洋音楽の和音構造から少し逸脱している(考え方も実際の演奏も)というだけなんですけど…
あと、現代ジャズ・ギター界をリードするパット=メセニーが彼に私淑していることも、よく知られているところです。

「前衛」などとレッテルが貼られていると、やっぱり引いちゃいます?
「自分にはワカラナイなー、狂四郎は理解できるの?」なんて言われることもあります。

行きつけのショットバー(私はソフトドリンクしか呑みませんが)のマスターには、「何でお前、オーネット=コールマンが好きなんだ?」と言われますけど、これはもう、感性にググッとくる、としか説明のしようが無いです。ま、言葉で説明出来るなら、音楽は必要ないということになりましょうか…

▽The Shape Of Jazz To Come

彼の名前を広く知らしめた名盤です。"Congeniality"や"Chronology"といった曲は、他のミュージシャンも演奏しています(例えば「雲隠れ」前の大西順子は"Congeniality"などをプレイしています)。現在の耳で聴くと「これで前衛?」という感じもありますが、1959年当時はアヴァンギャルドで、そしてジャズの未来形を見出した人も少なからずいたのです。
彼をレコード会社(アトランティック)に推薦したのはジョン=ルイスという人です。ルイスはMJQ(Modern Jazz Quartett)で室内楽のようなジャズを演奏していて、前衛とは接点が無い筈ですが、彼のポテンシャルを感じていたんでしょう。

▽This Is Our Music

これも、ほぼ同じメンバー、同じプロデューサーによるアルバムですが、もう少し尖鋭的になってます。「来るべきジャズの形」とか「これが俺たちの音楽だ」とか、アルバムタイトルが大仰ですけど、オーネットが気負っているのか、営業上の配慮なのかは知りません。CDの表紙裏には彼の長文ライナーノートが掲載されています。

▽At the "Golden Circle" in Stockholm vol.1

私が初めて買ったオーネットのアルバム。タイトルのとおり、ヨーロッパでのライヴ盤です。ベースとドラムスが、オーネットのコンセプトを良く理解しているからか、彼も調子が良いようです。ミュージシャンに最良の環境を提供してレコーディングするBlueNoteレーベルならではの盤。ジャケ写もカッチョいいです。

▽Dancing In Your Head

上記3作品と比べると、ヘンなオジサンの顔のジャケットが気になります。私がオーネットに展開・接近・連続をするきっかけになった盤です。買った日の夜、行くあてもない夜中のドライヴで、夜明けまで延々と全曲リピートしてました。乱暴な喩えですが、ある種の「祝祭空間」です。誰もが自由にプレイし、出入りも自由…そんな感じです。あー、ボキャブラリーが貧困なので、これは購入orレンタルで聴いていただくしかありません。

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2010年1月26日 (火)

上司のメール、嬉しい言葉は

上司からのメールで嬉しいことって、余り無いですね。コキ使うためのお為ごかしが多いんですよ。さもなくば、面と向かっては言えないことも、文字にすれば書けるからなのか、ボロクソ叱るメールもありますし。

嬉しかったのは、昨年までいた支店で、課長からメールで理不尽な叱られ方をされたとき、係長からの

「課長は分かってないけど、俺は分かってるからな」

という一言でした。理解・評価してくれている人がいるという実感は、何物にも代え難いですね。

リンク: 上司のメール、嬉しい言葉は.

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2010年1月24日 (日)

友人が「退職勧告」を受けた。

私が勤めている会社は、他の企業と比べるとかなり子育て支援の措置が手厚くて、育児休業を最大3年間取得できたり、育児のための勤務時間短縮の制度もあります(もちろん給料はカットです)。

私の友人(女性)で、奇しくも私が昨年3月まで勤めていた支店に、私と入れ替わりで配属された人がいまして、勤務時間短縮制度の適用を受けているのですが(4時間)、何かの折に、支店の総務課長から

「あなたのような社員がいると周囲が迷惑するから辞めてもらいたい」

と面と向かって言われたのだそうです。

この課長、支店に赴任してきた1年目はおとなしかったのですが、2年目になると困ったサンになってしまいました。
仄聞したところでは、「総務課長」なのに、総務の仕事の中核である会計事務については何も分からないらしいのです。にもかかわらず、支払伝票には蛍光ペンでチェックマークを入れているので、支払伝票を汚すのは止めてもらいたい(爆)という人もいました。

支店・営業所の総務課長は、一般社員の人事を握っています。私の場合は、彼奴に逆らったというか、相手にしなかったため、報復人事まがいの島流しにされてしまいました。

「勧告」を受けた友人は向こう気が強い人なので、あっけらかんとしていますが、重大なるセクシャル(ジェンダー)&パワーハラスメントです。私が「労組に相談してみたら?」と言ったら、「組合員じゃないんです」との由。私も組合員ではないので、意図的な狙い撃ちに違いないと思っています。

ちなみに、4時間勤務で1人分の労働力を確保することは出来ないので、もう一人、同じく4時間勤務の社員が充当されているそうです。現実問題として、こんな人員配置にあまり意味は無いのですが、表向き一応の措置は講じられているので、あとは現場のtry&errorで何とかするしかないのです。

管理能力が無い課長に人事を託した、不謹慎極まる人事です。

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2010年1月19日 (火)

デザインを一新しました。

いつもお読みくださっている皆様、ありがとうございます。

新年を迎えて…と云うには少し遅いのですが、模様替えをしました。以前のデザインは比較的見易いけど、印刷するときに黒インクを大量に消費するという問題(?)がありました。そこで少しシンプルにしてみました。

今後とも「狂四郎日月抄」をよろしくお願いします。m(__)m

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2010年1月18日 (月)

スポーツ指導者の言葉

スポーツは身体を使いますから、技量の低い或いは伸びない者は身体の使い方が誤っていたり、未熟だったりするわけで、指導者はその解決を支援する存在と定義できるでしょう。

「名選手、必ずしも名指導者ならず」とはしばしば云われることですね。では、名指導者の条件は?と問われたら、教えたいことを言語で表現できる人と答えます。
何も、全てを言葉で伝えられる人、というわけではありません。手本を見せることは当然に不可欠です。しかし、指導者自らの技術を、何の媒介も無しにそのまま移植することは、まず不可能です。間身体的コミュニケーションだけではなく、言語による教育が必要だと思うのです。親子兄弟でも口に出して言わなければ伝わらないことがあります。ましてや、コーチとプレイヤーの関係です。

言葉による指導は、プレイヤーの観察→問題点の抽出→抽出した問題点の解決方法策定→その言語化…

日本のプロ野球でもユニークな指導コメントがありますね。

例えば、大杉勝男(フライヤーズ→スワローズ)に「月に向かって打て」と言って(と云われている)彼を強打者に育てた飯島滋弥コーチ、新井宏昌(ホークス→バファローズ)に「ボールが行きたいと思っている方向に、バットで触ってやれ」と言い、彼の素晴らしいバットコントロールを引き出した中西太コーチ…

高校時代にハードな運動部に入ったことは、既に書いておりますが、顧問教師が横暴極まりない専制君主でした(ま、だいたいがそうですけど)。
2年生の後半、退部希望者が続発して、中には「辞めさせてください」と言いかけて「や…」と発話した瞬間に張り飛ばされた者(本人談)もいました。

で、ある日の専制君主の御託宣。
お前ら、ペットが逃げたら悲しいじゃろ。お前らが辞めたら、わしは悲しいぞ」。
(絶句)気持ちは判らないではないんですよ。ただ、部員が多ければ多いほど活気ある部になるという思い込みと、あまりといえばあまりのボキャブラリーの貧困さに怒りも笑いも通り越して佇むだけでした。

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2010年1月16日 (土)

狂四郎、死者を送る。

先日、父方の祖母が他界し、通夜・葬儀に参列、というか施主見習兼運転手として関与しました。一応、施主・喪主は父でした。

満で白寿、数えの100歳の大往生だったので、旧友等や同年代の血族姻族も全くいないこと、生前に色々な事情があったことを踏まえ、祖母の子ども(父とその姉弟)だけで執り行い、本家筋にも、祖母の実家筋にも通知無しの密葬でした。

厳密に言えば、母と私はコミットを求められる筋合いではない、という言い方も出来るのですが、まあ、母は施主の妻ですので庶務係として、私はたまたま身体が空いていたので、上記の役回りで参画した次第です。合計6名での野辺送りとなりました。

私が30歳を過ぎて以降、父の方針で、施主の知識と行為を覚え込ませるためか、私が参列しなくても無礼には当たらない程度の御縁の方の葬儀にも参列していますが、今回のように、死者とintimateな葬儀は初めてでした。
祖父母の葬儀はこれで4回目ですが、直系2親等とはいえ、遺体に接して、末期の水で口元を湿らせたり、副葬品を入れたりといったことは、これまでなかったのです。

以下、不謹慎承知と仏罰覚悟で書きます。

諸般の事情により、20年以上も養護老人ホーム~特養老人ホームに入所させていたのですが、私は入所以来、1度も訪問したことがありませんでした。孫の中では最も近い場所に住んでいたのですが、随分と婆不孝な孫です。あらためて死に顔を見ると、色白で鼻筋も通り、皺も少なく、100歳には見えませんでした。上手に齢をとったようです。

参列者のいない葬儀とはいえ、施主は面倒臭いな、と見ていて思います。事実上3回目の施主となる父を見ていて、そう思うのですから、正直なところ、突然に父が亡くなったら、私には何も出来そうにありません。

ここ何年か、同期入社の連中でも、御厳父御母堂が亡くなるようになりました。もう自分たちも、親が死ぬ年頃なのか、という感慨があります。
突発的逝去でいきなり施主となって苦労した者、闘病生活の末に薬石効無く逝去したケース…

最近、1日は長いのに1年が短くて困ります。家族揃って迎える正月もあと何回あるだろうかと思い、今年からは必ず実家に寄ることにしましたが、本当に、あと10回くらいで「標準」でしょうか…

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2010年1月11日 (月)

桑田真澄に惟う。

はい、私は3月生まれです。所謂早生まれ。

随分前のことですが、TVの対談か何かで、「生まれ月に起因する肉体的格差は後々、高校時代まで影響する」という論旨の発言を記憶しています。そりゃそうですよね、4月生まれと3月生まれでは、ほとんど1歳違うわけですから。

そんな訳で、高校球児や高校ラガーメンで、甲子園や花園に出てくるようなチームのレギュラーには、早生まれが極度に少ないということも、聞いたことがあります。

その例外が、PL学園の桑田真澄選手でした。4月1日生まれですから、学年で最も誕生日が遅いですよね。それが、1年生からエースだったのですから、大したものだと思います。

と思うようになったのは、彼がMLBに挑戦した頃でした。それまでは、国内の某「紳士の球団」に入る際の如何わしい経緯があったので、嫌っていました。

MLBに挑戦したのは、きっと、燃え尽きたい、「死に場所」が得たい、という気持ちだったのではないかと、勝手に想像しています(この辺は沢木耕太郎に影響されているかも知れません)。

そんなことを考えていると、「もう一人の男」は燃え尽きることができたのだろうか?想像を廻らせてしまいます。

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2010年1月 9日 (土)

Toad(続・運動誘発性喘息)

私が高校で運動部に入ったのは、理由がありました。

小学校から高校まで一緒だった、嫌な奴がいました。彼奴曰く、

「狂四郎ちゃん貧乏、狂四郎ちゃんひ弱」

と私に向かって連呼するのです。貧乏なのは事実で、しかも私の責任ではないので仕方ないことですが、ひ弱と罵倒されては黙っていられませんでした(ひ弱なのも事実でしたが)。

かくして私は、高校入学と同時に、かなりハードな運動部に入って、2年生になると学業は悲惨な状況に陥りました。そんな状況でも部活から足を洗わなかったのは、顧問教師に殴打されるのが怖かったからか、「ひ弱」と罵倒した奴に負けたくなかったからか…

一部の特別な者を除いて、3年生の6月で部活は引退です。
私の場合、国公立大学のみ&浪人不可という条件で受験に臨まなければならなかったので、どこの大学でも必須の科目である英語を、「お荷物」から「得点源」に転化することに注力しました。短期決戦でしたが、夏休みの殆どを英語に費やしたことを記憶しています。

もう一つ、早目に選んだ戦略は「数学を捨てる」。旧制帝国大学はごく一部を除いて、文学部だろうが法学部だろうが、2次試験に数学があります。しかし、英語だけで手一杯のところで、2次に数学がある大学を狙ったら、浪人生活を余儀無くされたに違いありません。
そこで、数学は共通一次(現・センター試験)のみにして、2次試験に数学が無い大学を選ぶことにしました。選択肢は狭まりますが、背に腹は代えられません。

3年生の進学コースは国公立文系の場合、A(2次に数学あり)・B(2次に数学なし)を選択できました。もちろん、私はBコース、全部で50人くらいいたと思いますが、数学が嫌いで堪らない連中が揃っていたからか、定期試験ではいつも1番か2番で番付入りしてました。

そして、最後の定期試験と実力テスト(Achievement Test)では、英語で念願の番付入りをしました。それも、私を「ひ弱」と罵倒した彼奴を抑えてです。
番付表を見ながらの彼奴との会話。

私「どこ狙ってんの?」
彼「東京外語」
私「何語を専攻したいの?」
彼「スペイン語」
私「ふーん、スペイン語は貿易語だもんな」
彼「そうなんだよ!貿易語なんだよ!」

彼奴の言葉の端々から、進学先で親御さんと対立してるな、と察せられました。良家のお坊ちゃまは大変ですこと。ほほ。

田舎にはまだ、高校生向けの塾・予備校など無い、牧歌の時代のことでした。

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運動誘発性喘息

私、喘息持ちです。発症は3歳頃、小児喘息からの持ち上がりです。
小児喘息は大半が思春期までに症状が消失するようですが、私の場合は運悪くマイノリティにハマってしまい、人生のハーフタイムに差し掛かった今も、長時間出掛ける際には気管支拡張剤のパウダースプレーが必携です。

小学生~大学(教養)の体育の時間は憂鬱でした。具体的に症状を言いますと、吸った空気を吐くのが大変なのです。一番変調が顕著なのは長距離走です。走り始めて、最初のうちは2回吸って2回吐くのですが、段々苦しくなってくると2回吸って、吐くのが3回、4回…となっていきます。
でも、喘息持ちはみんな同じなんだ、苦しいのが当たり前だと思い込んでいました。

だから、部活で運動部になど入らなければ良かったのに、中学でも高校でも運動部に入ってしまいました。
高校に入ると、部活の練習はもちろんのこと、「文武両道」と称して、体育の授業も厳しいです。気管支拡張剤のエアゾルを、体育の授業の時はポケットに入れ、部活の時は練習場の隅に置いていました。

大学の教養部を最後に、義務的な運動とはオサラバしましたが、自発的に身体を動かすときも、苦しいのが当然だと、我慢していました。

ところが最近、「運動誘発性喘息」というものがあることを知りました。「リウマチ・アレルギー情報センター」というサイトを見ますと、

喘息患者では激しい運動により一時的に喘鳴,息切れ,呼吸困難といった症状がでることがあり,このような現象を運動誘発性喘息という。運動の種類ではランニングやマラソンで起こりやすく,反対に水泳やスキーではほとんど発作はおきない。予防としては運動開始前15分以内に抗アレルギー薬(インタール)またはβ刺激薬の吸入が有効である。薬以外では、運動前にウォーミングアップを十分おこなうことで症状が軽くなる。

読んでみて、複雑な思いに囚われています。25年前にこの知識があったなら、もっと楽に授業や練習をこなせたでしょう。或いは、医者から診断書をもらって、体育の授業は別メニューにしてもらっていたかも知れませんし、よもや運動部に入るなど考えもしなかったでしょう。

上記の説明では「運動前にウォーミングアップを十分に」云々と記述されていますが、高校生ともなると、体育の授業でも、部活でも、ウォーミングアップ≒ランニングの段階で、もう皆にはついて行けないのです。皆が50%負荷だとしたら、私にとっては80%負荷でした。

こんな状況ですから、勉強する余力など残りません。高校2年生の頃は、学年380人中300番台まで堕ちました。田舎の三流ですが、国立大学に現役で入れたのは奇蹟でした。

とはいえ、高校で運動部に入ったのはさて、私の人生にとってプラスだったかマイナスだったか、考えあぐねています。

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2010年1月 6日 (水)

「NHK紅白歌合戦」鼎談

A:今回の「紅白」、60回の節目だったけど、視てどうだった?
B:ここ何回かは変な趣向を凝らさずに、歌唱を前面に出すことで、作る側も自信を持ったんじゃないかな。
C:そうね、だから「歌力」をスローガンに3年計画、今回のテーマも「歌の力」。
A:視聴率もそこそこなんでしょ?
C:最高で50%、後半はコンスタントに40%取れたんだから、往年の栄えは見る影も無いとは云わないまでも、この御時世に大したものです。
B:他局の番組が駄目なんじゃない?
C:個人的には「Dynamite!!」が好みなんですが(笑)、綺羅星の如く世界王者・世界ランカーが並んでいた頃のボクシングじゃあるまいし、悪く云えば時代錯誤かも。
A:紅白が4時間半の2部構成に拡大された当初、冗長・冗漫という観もあったけど…
B:ありましたよ、大あり。でも、レコ大が大晦日の放送をやっと止めて以来、忙しい人、例えばCDTVの新年ライヴに出る人や、紅白にステイタスを感じない人は早目に出演、そうじゃない人は後半にどうぞ、という割切りが定着したんじゃないですか。
A:で、視聴率推移は番組の進行に伴って尻上りっていう話だから、あなどれませんよ、「歌の力」。

C:NHKは自分とこの番組で人気を博した連中を大事にしてるというか、使い倒すというか、清史郎くんまで出すんだから(笑)。
B:さっき「歌唱を前面に云々」と言いましたが、SMAPへの依存度が高いということで言えば、当代きっての人気者を使い倒す古典的な路線が成功している。仲間由紀恵も司会何回目?3回目くらいですか。
C:確か4回目ですね。一時期、紅白のステイタスが危機にあると思っていたんですが、ドリカムも長いこと出てるし、中島みゆきが出た、ユーミンも出た、今回は遂に永ちゃんまで…「国内大物男性歌手」って云われて、誰だろうって色々妄想してました(笑)。
B:それはどうかなぁ。みゆきさんやユーミンといった人達の場合は、紅白や「ザ・ベストテン」に出ないことが、逆にステイタスになってませんでしたか?
A:良い意味で敷居が低くなったってことでしょう。ここんとこ、マンネリという声もあまり聞こえなくなりましたね。
B:ただ、それは大物が出たってこととは相関が無いと思いますよ。一方で、布施明のように、J-POPとは一線を画す、世代を超えた良質なポピュラー・ミュージックの軽視や衰退を憂える人もいる。彼の発言で、そういうジャンルの出場枠が一つしか無いことも暴露されたしね。

C:私は彼の「マイ・ウェイ」熱唱、シビれました。NHKって、視聴率を気にせずマイノリティに目配りする番組作りがもっと出来るんじゃないかと思うんですが。
A:そこがNHKの難しいところじゃないかな。大金を費消して視聴率が低い、つまり広範な視聴者に支持されない大衆-死語かも知れないけど-大衆娯楽番組を作るのは、受信料を取っている立場ではマズイという見方もあるでしょ。
B:そうそう。社会的国民的なテーマの番組はともかくとして、娯楽番組に関して言えば、受信料を取り立てていながらつまらない番組を作るな、という見えない圧力は、作り手が感じてると思います。
A:難しい時代にあって、紅白は健闘している部類と云えるんじゃないかな。

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