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2009年10月

2009年10月28日 (水)

ペリカンM400、脳移植手術

ペリカンM400は、所持している万年筆の中でも特に愛着があります。やはり、初めて自分で購入した舶来万年筆だからということと、コンパクトサイズでありながらインク容量が多いからでしょうか。

さて、このペリカン、例によって現代の名工様の手を2回ほど煩わせております。筆記角度に対する紙当たりは非常に良いです。しかし、滑りが悪くなってしまったものですから、2回目には、滑りを良くしてくださいとお願いしたのですが、治りませんでした…

現代の名工様は「これだけの書き味のペリカンはそうそうあるまいて」と御満悦でしたが、私は滑り重視なので、う~んと考え込んでしまいました。この辺りは、「思想」の違いというものなのかなぁ…

というわけで、我慢できなくなり、これまた例によって行きつけの文具店に行き、ニブ交換をお願いしました。

ペリカンの場合は、ニブとフィードがユニットになっているそうで、交換料金\16,800。購入価格が\21,000でしたから(紀伊国屋の3割引セールで買いました)、許容範囲ですかね。

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2009年10月27日 (火)

ウォーキングシューズの怪

私は所謂ウォーキングシューズを3足ほど持っています。

アサヒ靴(黒い通勤用、ゴアテックス使用)、ブルックス(普通のシューレースのスポーツシューズタイプ)に、最近購入したニューバランス(ベルクロ留め、靴底に特許)の3足なのですが、前々から不思議に思っていたことがあります。

アサヒ靴もブルックスも、雨の日には非常に滑りやすいということです。アサヒ靴とブルックスはゴアテックスを使用していることもあり、雨の日にもってこいだと思っていたのですが。

で、昨日押入れから取り出してきたニューバランスも、濡れたタイル舗装の上で滑って転びそうになったので、別の靴を履いて外出しました。

3種しかない中でのこと故、全てがそうとは云えませんが、何故ウォーキングシューズは滑りやすいのでしょうか?雨の日はウォーキングに出掛けないから?(まさか)

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2009年10月25日 (日)

70歳からのパソコン生活

先日、実家へ行ったら、何と!パソコンがありました。NECの所謂ネットブックでした。Windows XPマシンです。

実家には父と母しかいません。母は機械オンチでパソコンなど絶対に触れないので、父が買ったということになります。

母に言わせると、インターネット株取引用に買ったらしいのです(今は投資信託しかやっていないようですが)。齢70歳になろうかというジィジが初めてパソコンを買ったのですね。びっくり。

でも、よく考えてみれば、父がサラリーマン生活に終止符を打ったのは2年半程前で、それまでは職場で曲がりなりにもパソコンを触っていた筈なので、最低限のスキルはあるのです。

年配の方ですと、かな入力を使うケースが多いようですが、父はローマ字入力です。何故?と訊いたら「そっちの方が簡単だから」。携帯電話でも、あちこちの人とメールをやりとりしているので、69歳としては、かなりスキルが高いでしょう。

尤も、ハードウェアに関する知識はからっきしでして、そもそも1台目のパソコンとして、安いという理由でネットブックを購入したことからして、尋常ではありません。初心者の1台目はオール・イン・ワンが常道ですよね。父に言わせると、DELLの一番安いのを買えばよかったと、若干後悔しているようですが。

私「ソフトは元々入っていたの?」

父「いや、何も入っていなかったから、WordやExcelを店の人に入れてもらった」

やっぱり。CD/DVD-ROMドライヴはもちろん、FDドライヴも付いていなくて、どうしてんの?と訊くと「これ(USBメモリー)」。

いつもは偏屈な父ですが、こういうところは微笑ましいものがあります。

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梨の季節は終わりました。

もう、行きつけのスーパーには、梨がありません。

先日、用事で街中に出た際、梨を買いたくて、デパ地下へ行きました。おおっ、まだあるじゃこざんせんか。

しかし。

南高梨は\248/個、新高梨に至ってはが\398/個という、法外なプライスタグがひっついていました。新高梨はつい10日程前、行きつけのスーパーで\127/個という値段でした。

「なんじゃ、こりゃぁ」と思いましたが、南高梨はまだ食べたことがなかったので、結局4個買いました。酸味が少なくて、マイルドな甘さで、お、結構いいじゃん、と思いながら、その日のうちに2個食べてしまいました。

やっぱり今年も、夏が来る前に秋になってしまいました…

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2009年10月17日 (土)

狂四郎、漢方にハマる。

先日、旧い友人が、「家の周辺のテリトリーを案内してあげる」と言って、散歩に誘ってくれたので、行ってみました。

脱サラの御主人がやっているコーヒー店(喫茶+豆・器具販売)では、私好みのブレンドがあって、私も2週間に1回くらいの常連になりたいと思いました。

「時々不機嫌そうな顔をしていますが、一杯のコーヒーを真剣に淹れてます」という貼り紙があって、吹き出してしまいました。店内を見ると、売られている器具・消耗品は全てカリタのもので、店で使っているのも当然カリタでしょう。

メリタよりカリタの方が、淹れるのが難しいです。ドリップ速度を自分で調節しなければなりませんので。ずぼらな私は、ここ1年くらいずっと、メリタを使っています。

その後、ちゃんとした万年筆(パイロット カスタム742のウェーバリー・スタブ・フォルカン)を置いている文具店など、いくつかのスポットを経由して、漢方専門のP薬局へ。友人は、風邪が長引いたときに、ここの薬で劇的に治ったとの由で、常連と化しています。

40代前半と思われるオーナー薬剤師さんがいて、最初に血流測定なるもので診断のとっかかり。まあ、この辺までは西洋医学に近いのですが、その後にPC(使い易いからなのか、PowerPointではなくPublisherでした)で色々な講義をしてくれました。

私の場合は、漢方的表現だと、「余計な水分」(というかヘドロみたいなもの)が溜まっているとかで、舌を見せたら「うわ、今日コーヒー飲みましたか?」。色々な舌の状態の実写チャートがあって、私も久しぶりに自分の舌を見たのですが、着色した苔がびっしり。余計な水分がだいぶ溜まっているという所見です。これは西洋医学でも、舌が苔で白い人は胃腸が悪いと云われますね。

そして、おもむろに、これこれこういう薬があるんですけど、服用してみます?とオススメがありました。

漢方は、対症療法ではなく、根本から身体をケアしていくので、長期戦になるなぁ、お金ないなぁと思いつつも、「はい、お願いします」と言ってしまいました。14日分で6千円余。2週間を1クールとして、12クールくらいは覚悟しておかなければならないと思いました。何しろ、20年近く無理を重ねてきた身体なので、人間ドックの結果は見るのが恐ろしいくらいの状態です。

4月に転勤してから殆ど残業をしていないため、財布の中は常時寂しい状態ですが、止めるのはいつでも止められるので、試してみることにしたのです。

食事制限も結構課せられました。コーヒーは興奮するからだめ(ToT)Oh,No!!!、甘い飲み物は100%果汁でもだめ、そもそも冷たい飲み物はお腹を冷やすのでだめ、午前中は紅茶(warm up)、午後は緑茶(cool down)、動物性の食べ物は出来るだけ避ける、カレーライスはインド風のものならOK(欧風カレーはバターの塊だからだめ)云々。

興奮するものや、血糖値を急に上げるものが不可なのは、飲んだ直後はupするけど、効き目が切れると反動でガクンとdownしてしまい、身体に良くないからだそうです。

コーヒーを禁じられたのは激痛です。あっ、そういえば、さっき行ったコーヒー店のメニューにカフェインレスコーヒーがあって、豆売りもしているらしいことを想起したので、今度(3回目)P薬局へ来たときは、センセイに可否を確認して、OKなら帰りに買って行きましょうか。

田舎町でも、古くからの市街地には色々なファインスポットがあって羨ましいですね。私の現住地は、元々田畑広がるド田舎に鉄道の駅がつくられたところから、それなりの市街地になったところなので、お店はあるようで無いです。

食事制限については、実のところ、第2クールの2週間の間に2回も掟破りをしてしまいました。1回目は、ドトールのプレミアム・コーヒーシリーズの最新版を飲んでみたかったから。2回目は、ドトールのミルクレープをどうしようもなく食べたくなって、ならドリンクはコーヒーだよね、と…人間て、弱いものですねえ。

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2009年10月16日 (金)

アウロラ・オプティマ再々入院

先日退院してきたオプティマですが、家へ持ち帰りインクを満タンにして、いざ日記を書いてみると…やっぱりインクフローが貧弱なんです。

その時も「慣らし運転」専用インクであるペリカン ロイヤルブルーを使ったのですが、同じインクを入れている他の万年筆の筆跡とくらべると、インクの色が薄く見えました。ペン先へのインク供給の絶対量が少ないのでしょう。

恥を忍んで、再び行きつけの文具店へ。店長さんが「どうでした?」。さすがに3回目の入院となると気がひけるものですが、「何度もすみません」と言ったら、万年筆に理解がある店長さんなので、「どうぞどうぞ、何度でも、納得がいくまでやりましょう」とおっしゃってくださいました。

今回の教訓。インクフローを調整してほしいときは、ペンポイントが同じくらいの大きさの万年筆で書いた文字をメモして、「これくらいの筆跡になるように調整してください」とお願いしましょう。また、筆圧をかけたときと、筆圧をかけないときとで、字幅に差があるような(ペン先のスリットに問題がありそうな)場合は、両方の書き方で対照させてメモするといいかも知れません。

ああ、自分で調整する技術があれば…!!!

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2009年10月15日 (木)

能率手帳ゴールド

システム手帳などを颯爽と使いたい気持ちはあるのですが(一度、使ってみたけど3ヶ月しか続かなかった)、来年の手帳も「能率手帳ゴールド」(大・名入り)を使うことにしました。

普通、黒革の手帳というと重量感があると思われがちですが、これは山羊革を使っているそうで、普及判よりも軽いくらいです。また、小口は金箔使用で、英国レッツの手帳を想起させてくれます。

手帳本体は特に変わった使い方をしているわけではありませんが、10数年前に読んだ、能率手帳の使い倒し方の本(福島哲司『究極の手帳術-ポストイットと能率手帳で十分』明日香出版社,1991。多分絶版でしょうね)で紹介されていたコラボ使用法で使っています。

具体的には、能率手帳本体とPost-it 655(76mm×127mm)を組み合わせて使います。裏表紙の裏に、Post-itを15枚くらい常時貼り付けておきます。で、メモをするときにPost-itに書き込み、書き込んだPost-itは、見開きウィークリーページの右側か、ウィークリーの後ろのメモページに貼っておきます。

また、ToDoもPost-itに書き込んで、表紙の裏に貼ります。

Post-it 655は、サイズに特徴があります。まず、能率手帳(大)に余裕を持って貼れること。それから、5×3情報カードとほぼ同じサイズで、A4のノートには1ページに4枚、A5のノートには1ページに2枚貼れます。

なので、テンポラリーな情報は捨てて、重要なメモはノートに貼っておいて保存することが可能です。

以上を総括すると、能率手帳とPost-itの組合せで、システム手帳のように使えて、しかもスーツのポケットに入る機動性を確保できるということになりますね。

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2009年10月12日 (月)

アウロラ・オプティマ大気圏再突入

調整に出したらインクフローが貧弱になってしまったオプティマが、帰ってきました。

何となく、まだ貧弱な感じでもありますが、ペン先を再研磨してもらい、元々はM字だったのがF字に近くなったので、まあ、こんなもんかと。

今回の教訓は二つ。

特にペン先の再研磨等を依頼するときは、調整に出したい万年筆で、調整を希望する部分に関するメモを添付すること。ペン先の状態と、使用者の書き癖が判るので。

インクフローを調整してもらったら、引き取りに行く際に、インクを持っていくこと。インクを抜かずに調整してくれるメーカー・代理店もありますが、両用式ならカートリッジ、吸入式ならボトルインク(ペンに優しいペリカンのロイヤル・ブルー)を持っていくこと。「漬けペン」状態では、インクフローが判らないので。

行きつけの文具店ではすっかりお馴染みの顔になってしまいました。それはそれで嬉しくもあるんですけどねー。

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2009年10月11日 (日)

実名報道の必然性と司法の無謬性

光市の殺人事件に関して、犯行当時少年だった下手人の実名を晒した本が出てしまいました。

まず言いたいのは、少年のみならず、実名報道自体に問題があります。日本では、被疑者となった時点で、早々と実名が公表され、その時から「社会的制裁」が始まってしまいます。日本のムラ社会での「社会的制裁」は苛酷です。本人はもちろん、家族・親類にまで累が及びます。

前近代の日本では、公の場で晒し者にすること自体が刑罰或いは刑罰の一部(市中引き回しの上獄門)でした。実名報道は現代において、法によらない刑罰として機能しています。

マス・メディアはいつも、実名でないと社会的な意義云々と主張していますが、「社会的制裁」を受けた後で、不起訴や無罪になったら、「社会的制裁」に対する償いをしてくれますか?

もちろん、マス・メディアは不起訴や無罪の事実を報道してはくれますが、一旦失われた社会的連環は容易に回復できません。ましてや、最高裁までもつれ込んで無罪が確定したような人であれば、相当の年月、「被疑者」「被告」としてメディアに晒され続けます。過ぎ去った時間を贖うことは誰にも出来ません。

冒頭書のライターは、少年の人間性を伝えるために実名云々と言っているようですが、実名でなければリアリティーを出せないなどと云うライター(マス・メディアの記者等を含む)は、ライターとしての能力を疑わざるを得ません。

司法府にも問題があります。

しばしば、「被告は既に社会的制裁を受けており」云々で、求刑よりも軽い刑で判決が出ます。しかし、判決が確定するまでは「推定無罪」でしょう?でありながら、推定無罪の状態で「社会的制裁」を受けるという事実を公然と認め、それを、罪刑を下すに当たっての斟酌の材料としているのは、実名報道主義と表裏一体の、司法府の自殺行為だと思います。

日本の司法が曲がり角を迎えているのは、申し上げるまでもないでしょう。裁判員制度の導入、いわゆる足利事件の再審…いずれも、司法の無謬性を見直すきっかけではないでしょうか。

足利事件については、注目したい事があります。

県警本部長と地検次席(なぜ検事正ではないのか?しかも非公開。検察の内輪面子第一主義には呆れます)は謝罪しました。しかし、当初のDNA鑑定を覆す証拠の採用を延々と拒んできた裁判所はどうでしょう?再審の無罪判決文で、謝罪の文言が盛り込まれるでしょうか?多分、そんなことはないでしょうけど、司法府の然るべき責任ある地位にある人からの謝罪はあるでしょうかね。

手続き論だけで云えば、無罪が確定した後、国賠法に基づき補償がなされ、国家としての償いは済んでしまいます。しかし、前述しましたが、失われた時間を贖うことは誰にも出来ません…

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