2018年9月22日 (土)

謎の物体X

これは何でしょう?



ちょっと影が入ってしまいましたが。
泡。
崩れた鏡餅。
気合いが入り過ぎたメレンゲ。
うどん粉。

ぶーっ。
正解は、馬鈴薯のピューレ、でした。
馬鈴薯はメークインですよ。男爵よりも、こっちが良いみたいです。

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2018年8月26日 (日)

あきれた。

なんだか、当たり前の、というか、こんなものが政治家の、日本の行政府を代表しようとする政治家のキャッチフレーズになってしまうのにも、悲劇を通り越して喜劇だと思ったものですが、それを口にすることも封殺しようとする人達が、日本の立法府において多数派を形成しているというのは、もう、喜劇を通り越して再び悲劇ではないかと思うのです。

「個人攻撃」って、政策論争にもならないような話題を俎上に挙げ得る状況をつくったのは誰なのか、したがって、政策以外の話は何でも「個人攻撃」になり得るが、そのような状況をつくったのは誰なのか、そもそも(「基本的には」ではない。)政策論争から逃避しているのは誰なのか。
この程度のimaginationも失せた人間が国民の代表などとは、所詮、民度相応ということでしょうか。

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2018年8月 7日 (火)

彼はどうなんだ。

140万円相当の接待。
家族ぐるみの付き合い。

あー、いやですね。

でも、それでは、腹心の友とやらから奢られまくって、「1億円はつぎ込んだかな」などと言われる彼はどうなるのか。腹心の友が熱望する大学の新学部開設に、陰に陰に(陰に陽に、ではない)支援した彼はどうなるのか。
世間では、こういうのを「腹心の友」ではなく「タニマチ」と呼びますが、お相撲さんと違って、桟敷席を融通するとかではない訳で。

官僚が接待されるときには、「家族ぐるみの付き合い」は、とてもダーティーな響きがあるのに、政治家が接待されるときには「家族ぐるみの付き合いであって、全く私的な友人」とかいうexcuseが罷り通るのも、おかしな話です。

お金や、インフォーマルな関係によって、政治・行政へのアクセシビリティが大きく変わるような世の中は、民主主義とは無縁です。
「違法ではない」というのは、「法による支配」であって「法の支配」ではありません。

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何でも出来る

「なんにもない ということは 何でも出来る ということ」なのだそうです。
私は、逆の意味で、この言葉が

すとん

と落ちるのです。

なんでも出来る ということは なんにも出来ない ということ。

十数年前。私は、全く未知の仕事を担当することになり、不安に駆られながら、用事があって本社へ出掛けました。
たまたま、そのまた数年前に1年足らずお世話になった元上司と立ち話。

「この歳で、初めて○○の仕事を担当するんですよ」
「だぁいじょうぶ。あんた、なんでも出来るじゃない」

そう。
何でも出来るような気がした。自分はオールラウンダーなのだと思った。
でも、 それは幻想というか根拠無き信念というべきか。
その後、10年程の間に、何回か転勤し、病気長休も経験した。
その頃から、得意分野を押し出すように…と上司からしつこく言われるようになった。私は、何となく反撥する気持ちがあって、
「砂場で深い穴を掘ろうとすれば、必然的に穴の口は広くなる」
とか何とか言い回った。でも、その上司はしつこく、親切だった。得意分野が明確でない社員は「売りにくい」、つまり、本社の人事にアピール出来ず、今後の人事異動で不利に働く、というのだった。更に云えば、オールラウンダーだのジェネラリストだのは、本社で出世する少数の人達に求められるもので、私には無関係だということらしかった。

何でも出来る ということは なんにも出来ない ということ。

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2018年5月 3日 (木)

脳細胞総入れ替え

国家あっての国民だと思っている人達が、近代或いは現代憲法を起草しようとしたって、そりゃあ駄目でしょう。

人間の権利というものに対する理解が決定的に欠落している人達は、権利は国家が保障することのみにおいて実現されると思っているから、国の責務さえ規定しさえすれば「新しい権利を確立」だと思ってしまう。
こういう思考様式を持つ人達は、国民の義務は、国家に対して果たされるべき義務だと思っているから、国家が保障する権利は、果たされるべき義務の見返りだと考えがち。

notes坊や、一体何を教わってきたの?

こんなメタレベルの話以前に、教育無償化を憲法に規定するとか、阿呆な話が横行していますが、既に教育を受ける権利/受けさせる義務は規定されており、それはべつに、63制義務教育に限定されるものでは無い筈で、63制はあくまで下位制度において規定されているのだから、無償でないことが原因で、能力に応じて等しく教育を受ける権利が実現されていないのであれば、下位制度で無償化を具現化すれば足りるし。だいたい、誰でもロハというのは、消費税の類の裏返しで、所得に対する逆進性が強いし。

胡散臭〜い。

第9条に第3項を新設しても「1ミリも変わらない」とか、そんなら、それ、やる必要ないでしょ?と突っ込まなくてはなりますまい。1ミリでも変わるから、変えたいという欲望があるから、こういうアイディアを出す訳で、本気で「1ミリも変わらない」と思っているとすれば、誤字脱字を訂正する程度にしか認識していない、つまり、法就中憲法をその程度の存在だと思っているに違いない。
どちらにせよ、このアイディアを公然と出した者は、然るべき立場にありながら、憲法を尊重する気がないし、現にしていないし。
所詮、戦争の親玉(戦争をしたい或いは戦争ビジネスで儲けたい人達)は、自分が戦場へ行くつもりなど無いのですから。「必要な自衛の措置」は、当然のことながら、「(集団的自衛権の行使を含む。)」という文字があぶり出しで表れる仕掛けになっております。
そもそも、集団的自衛権の行使はもちろんのこと、「自衛のための戦争」も、国家や国益(戦争ビジネスで儲かる人達の利益)は守るけど、国民は守りません。

帝国憲法の緊急勅令制定権の規定にも劣る、緊急事態条項とか、このアイディアを出した者は、ヒトラーになりたいのか?
行政府が施行した命令を、立法府が否認できないとは、まあ、「(私は)立法府の長でありますから」と複数回、答弁で宣っただけのことはあります。

家族が「自然」で基礎的な単位とか、家族の成員は助け合えとか、所詮は擬制に過ぎないものをa prioriな存在だと強弁されると、空恐ろしい。

況してや、国家などというものは、擬制の最たるもので、押し付けがましく、その擬制に至高の地位を与え、本来の主権者の上位に置くのは、一億総社畜化です。世界に冠たるブラック企業、大日本帝国会社の社畜。これがホントの押し付け憲法。

如何わしい事、この上ない。

「対案を出せ」とか「建設的でない」とか「批判のための批判」とか、恫喝にビビってはいけません。こういう物言いは、自らの案がcriticに応えられない、或いは、自らのメンタリティが人様からのcriticに耐えられない、といった幼稚な理由から発せられるものです。
批判は、それ自体に意味と価値があります。批判に耐えたものにこそ、批判に対する再提案によってこそ、正統性が生まれる筈です。
まぁ、無理な相談かな。criticalでもlogicalでもない発想と言語センスしか持ち合わせない人達、合法性しか念頭に無く「法の支配」を「法による支配」と勘違いしている人達には。
批判ばかりで建設的でない、という物言いは、暗に、原案のコンセプトに賛同しろという恫喝を含んでいます。原案のコンセプトそのものが賛同しかねるものであれば、それ、取り下げてください、という話にしかなりません。

なんしか、今の憲法を自民党草案のように変えるべきだと考えている人達(ホントは「変えたいんや」という欲望を表出しているに過ぎない人達)は、国家あっての国民、という意識と思考の倒錯を解消するという宿題を、まずは済ませてから登校してください。

脳細胞総入れ替えですかね。

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2018年1月21日 (日)

文具人柱:アクロボール3+1を試してみた

久しぶりに近くの少し大きな文房具屋へ行ってみました。
多機能筆記具は3色+シャープペンシルでなければならないという信念(強迫観念とも言う)を持っている私、でも、3色+シャープペンシルの多機能筆記具は年々駆逐されているようで、絶滅危惧種なんじゃないかと。
それはそれとして、吸い寄せられるように多機能ボールペンのコーナーへ向かってみたら、パイロットアクロボールに多機能版が登場していたのですね。

あっさりと替芯と一緒に購入。本体は500円+税でした。(お店は年がら年中10%OFFセールですが、新製品はOFFなかったです。)
前回仕入れたぺんてるビクーニャ3+S(既に販売終了)と比べると、外観は若干太いかなぁと感じますが、クリップがバインダー式なのがそそりますheart01

Img_0387写真がイマイチいやイマサンくらいですが、発色は黒・赤が同等、青はアクロボールの方が濃い目というところです。書き味(滑り)は互角ですかね。
値段も同等、となれば、アクロボールを選ぼうsign01となるではありませんか。だいたい、ビクーニャ3+Sは販売終了みたいだし。

絶滅危惧種を新製品として登場させたパイロットさん、ありがとうsign03

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2018年1月13日 (土)

鍋谷友理枝さんのこと

私、バレーボール好きheart02
特に、何故か、女子のバレーボールに思い入れがあってcat
現在の国内プレイヤーでは、鍋谷友理枝(デンソー エアリービーズ)がfavoriteなのです。いわゆる絶対エースとは違いますが、仕事量、抽斗の多さ、ガッツ、どれをとっても一級品だと思うのですねconfident
一昨季だったと思いますが、主力プレイヤーが離脱していた時期にゲームキャプテンを務めてましたしgood
デンソーのwebサイトに掲載されている、彼女のメッセージが読ませるんですよ。単純な熱さだけではない、想いと思考の深さがよくわかります。
今日も顔中を口だらけにして(ゴメンナサイ)コートを駆け回る彼女から、元気をもらう私なのでした。

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2017年11月 6日 (月)

我が輩ふたたび

先日も、ツレに連れられて奈良県は天川村へ。
最近、たまたまですが、室町時代初期(南北朝動乱の時代)に関する本を読んでいたので、南朝の根拠地であった吉野一帯をうろつくのも、何かの縁かなぁって。

いつもの「民宿あおば」に2泊。
縁あって同じ屋根の下で一夜を過ごす、ほかのお客さんとの楽しい語らい。そして、おいしいもの。

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Img_0442さて、あやつは相変わらずであろうか、猫2号「みーちゃん」。
ふむ、相変わらずであったか。

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我が輩はねむねむである。

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我が輩はごはんの最中である。

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2017年10月22日 (日)

1931年

「危機」だの「国難」だの、外在するハザードや具体的でないリスクを煽り立てる者に、ロクな奴はいないということです。

1931年、色んな人が「危機」「危機」としゃべりまくっていたと言います。ただ、「何故」危機が来るかを、きちんと説明した人は、あまりいなかったようです。つまり、とにかく「危機」が来るという無根拠な前提があるだけで。
中には「5年後に危機が来る」と予言者めいた事を言う人もいたとか。その「5年後」である1936年に何が起こったか。文字にするのも嫌な話です。

80年前と同じ事は、多分起こらないでしょう。そりゃ、色んなバックグラウンドが違いますからね。
でも、少なくとも「現状維持」が選択されたのではない。
みんなでよってたかって、アクセルペダルをもっと踏んで良い、とけしかけることになりました。これからやることなすことに正統性legitimacyを与えてしまったことは確かでしょう。

Max Weberには説明不能∑(゚Д゚)

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2017年10月17日 (火)

相変わらずNHKだなぁ。

NHKテレビ総合のニュースを視ていたら、「ISの『首都』ラッカが陥落し、『国家』ISは事実上崩壊」と報じていました。

あのぅ…「首都」が制圧されたから、その「国家」が「崩壊」というのは、お目出度過ぎというものだと思うんですが。首都が制圧された後で、執拗に抵抗を続けた国家或いは国民など、歴史を想起すれば数多あるでしょうに。

こんなお目出度いこと(というか誇大表現)を使っているのはNHKくらいではないですかね。他のマスメディアは、もっと抑制利かせてますよ。
まあ、○○のプロパガンダの片棒を担いで、テロとの戦いに勝利とか言いたいのでしょうが、この御時世の国際的かつゲリラ的なテロルに対して、そもそも「勝利」があるのかどうか。

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